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お題目通り、先週オーストラリアは2017年シドニー・メルボルン・アルパインSMA1200kmに行ってきて、なんとスタート5分でほぼDNF決まり状態になったYasuです。こんにちは。
4年前と同じRM1200kmを2回連続で出て、2回連続でDNFすると、さすがに堪えます。
まぁ、それも現実として受けとめなくてはいけませんが、どーもこのSMA1200だけ、オレは縁がないというか・・・ついてないというか、運が無いというか。
そういうモノとあきらめて、4年後ニュージーランドのTikiTour1200kmとともにリベンジするしか無いのかなと、納得をさせています。
つーか、このキビしい2つのRMを挑戦する4年後、オレ57歳よ。
この記事の目次
SMA1200kmの呪いとツキの無さ
前回2013年にエントリーした時、オレはブルベにまだ両手で足りない程度の数しか走っていなかった。それでも7月のLELの完走に気を良くして、このSMA1200もエントリーしたのだよ。
そしたら、簡単にはね返された。ホント。
初日からハイウェイのトレイン組んでいて走っていた時、みんな仲良く散らばった粉々のガラスを踏んで・・・・オレだけパンクして取り残され。
2日目は寝坊から始まり、1つ目のPCであるCOOMAのコントロールが見つからず、街を抜け相当走ってから戻るというタイムロス。
その後、この日一番の登りをトライしている時にタイヤサイドカットパンク。
最後はタイムアウトと戦いながら眠気でフラフラしながら、LAUREL HILLに向かっている登りでチェーン脱落で終了。
このときはトリプルクランクだったので、インナーとBB間にチェーンが入り込むと、ちょっとやそっとじゃ外せないんですよね。相当時間食って、LAUREL HILL到着した時はカットオフから30分後だった。
さらに、最終日にも敗戦処理としてメルボルンまで走ったのだけど、ここでもタイヤサイドカットのパンクのおまけ付き。最後まで運に見放されたSMA1200でした。
この時のSMA1200はとにかくPCを見落としまくった。たぶん半分以上のPCを探し回ったと思う。それは海外経験の少なさによる小さいRM特有のPCが理解できていなかったこと。
たとえば、道端や公園や地元の小さい公民館みたいな所を使うPCなど、初めての経験等のもある。高速道路上のサービスエリアがPCにもなっていた。ありえねー。
さらに道の悪さに、合計4回のパンクにサイドカット2回。この事件によりパンクトラウマになるワケだ。
その後、まぁ、少々人より多く海外RMを経験したわけで、今回挑戦をしたのだが、見事その野望、リベンジはものの5分でアウトになった。
フライト時間の変更があったりレンタカーが巨大になったり・・
行き慣れたオーストラリアへのフライトだったが、いつものジェットスターが出発前でフライトタイムが変更になった。
まぁ、あまり気にはしなかったが、変更により予め予約をしておいたシートがキャンセルになり、当日は希望のシートとならなかった。
成田→ケアンズまでのフライトで修学旅行の団体と一緒になり・・・かなり騒がしい状況の寝不足状態でオーストラリア入となる。
このくらいなら、運の悪さを感じてはいなかった。
そして到着したシドニー空港で予約したレンタカーとご対面して驚愕をした。
オレの予約したレンタカーはミニSUVサイズだった。それが貸していただいたレンタカーは全長5m×幅2mのほぼフルサイズ7人乗りSUV・・・
リアゲートを開けるとオーストリッチOS500が横乗せで2台余裕で飲み込んでくれた。
このレンタカー・・・オレじゃなくて嫁さんがメルボルンまで運転するんだよな。
なんか、色々とツキのなさというか、めぐりの悪さを感じる。イヤな予感を振り切ってシドニーのスタートに立ったが・・・
スタート5分、1.8kmで落車した
海外RMも回数重ねているので、動きやチェックにも余裕が有ることを自分で感じている。
抜かりはないけど、4年前とは全く違う。なんといっても周りがよく見える。それがスタート5分、一瞬にして崩壊した。
スタートしてメータ読みで1.79kmで落車。落車の原因はアスファルトが盛られているじゃないですか。そこにフロントタイヤ引っ掛けた。
シドニー市内工事があちこちで行われているので、けっこう最新の注意を払ってスタートしたんだけど、前走者のレーンチェンジで、オレもラインを変えたら・・・まぁ、盛りに引っ掛けたのだろう。
あっと今にステーンと転んだ。何が起こったのか全くわからなかった。後続車を巻き込まなかったのがホントよかった。
落ちているスマホを拾い、バイクを路肩に寄せると・・・フロントタイヤパンクという状況。ホイールを回すと、前後ともフレがないようだ。
しかし、全く予期していなかった転倒のため、ハンドル握りながらそのまま打撃。1番に着地したのは右肘、その次に右膝、そして左手甲のようだ。
血が流れている。体をチェックすると骨折はしていないよう。ただ、後に腫れ上がることは覚悟した。
タイヤパンク修理と機材、バイクチェック、さらに精神安定などに約30分。
実はオレ、走行落車は初めての経験で、かなり動揺をした。
走り始めても、動揺隠せず。ちなみにスタートをこのような形でおくれると、ホント不利。
街中走行は、サイクリングコースや歩道的な部分、たくさんある分かれ道など、地元の集団と走ると楽なのは当たり前。
さらに最初の集団からおくれるということは、スピード的にも相当のハンデをいきなり背負った。
まー、気は焦るは、逆に頭は焦るな焦るなとペースダウンを考える。そして気持ち悪くなる。
初日5分でDNFを覚悟した。もち粘ることは粘ろうと思ったけどね。
食えない・回らない・回収車に拾われる
初日、なんとか自分の予定より約2時間遅れでキャンベラ到着したけど、気持ち悪い状態で何も食えない状況。
補給は液体モノとパンシロンという最悪状況。
2日目も粘ってみたけど、LAUREL HILL前、残り70kmで23時。(カットオフは5時45分だったかな)
2つ残す長い峠の上りに入りはじめた時、スタッフカーが来て諦めた。車のヘッドライトが後ろに来た時は、マジほっとした。
食えていれば粘ったかもしれないが、食えない、回らない、右肘膝痛、さらに息真っ白の寒さに、最悪になる前に退場、DNFした。
おまけ(ホントSMA1200は運がない)
まー、ダメな時、ダメなモノはいくらやってもダメなのね。
ダメ押しで・・・嫁さん、レンタカーを壁にぶつけるは、駐車違反するは・・・・踏んだり蹴ったりですわ。他人の不幸は蜜の味。ぜひこれを踏み台にあなたのブルベをより良いものとして下さい。
それでも、最終日の200kmを長女と一緒にメルボルンまで走ることが出来たのは良い思い出になったよ。またケガ、DNFはしたけど、とりあえず何も問題なく無事に帰国できたことは不幸中の幸い。
こんな感じで、今年のブルベ、海外RMは終了となりました。ちゃんちゃん。
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